広島大学 大学院統合生命科学研究科 食品工学研究室(川井グループ)

食の見聞録

概要

ここでは筆者がこれまでに実際に食べたり、経験したり、見聞きした世界の食べ物、料理、食文化について、独自の見解や考察と共にご紹介したいと思います。

ピッツァ(南イタリア)

 ピッツァは小麦粉、水、塩、イースト、砂糖、オリーブ油などを混捏して発酵させた生地を丸く薄くのばし、ソースと具材を乗せて焼成したものです。ピッツァ生地のレシピはフランスパンのそれと大体同じですが、石窯を用いて高温・短時間で焼成すること、具材と共に熱々の状態で食べることに特徴があります。ピッツァは一般にナポリタイプとローマタイプとに大別されます。
 ナポリはピッツア発祥の地といわれています。ナポリタイプはクラストの額縁部分(コルニチョーネ)が厚く、もっちりとした食感を楽しむことができます。ナポリピッツァ(ピッツァ・ナポレターナ)はユネスコの無形文化遺産に認定されており、生地の形状、具材、焼成条件などに定義があります。日本人の嗜好と一致するのはナポリピッツァだと思われます。ここではナポリを含めた南イタリア地域で頂いたピッツァをご紹介します。

 左の写真はピッツァの代名詞ともいえるマルゲリータです。トマト、モッツアレラ、バジリコの組み合わせは、イタリアの国旗を彷彿させる鮮やかな色彩であり、各素材の味と風味がお互いを引き立てあっています。右の写真はハムとマッシュルームのピッツアです。よく見る組み合わせの一つです。ベースはマルゲリータと大体同じですが、好みに合わせてトッピングしていくとこうなります。

 いずれもコルニチョーネが大きくいびつに膨らんでいることが分かります。最も高いところで3cm程度ありました(写真左)。これ以上膨らんでしまうと口に入らなくなるため、押しつぶして食べる必要がでてきますが、そうしますとコルニチョーネのふっくらとした食感を味わい損ねます。かといって膨らみが無ければそもそもふっくら感は発生しません。そのギリギリを責めていると思われます。
 もう一点、ナポリピッツァのコルニチョーネには焦げがいびつについていることに気が付きます。焦げは率先して食べたいものではありませんが、適度に分散した小さな焦げが、苦みとして味にアクセントを与えていました。写真中央はクラスト裏側に発生した焦げのスポットです。焦げの量にも、不快に思う/思わないの閾(しきい)値がありそうです。通常、食品の焦げは一か所に集中して起こることが多いです。例えば、火元に近い部位や水分が速やかに失われる部位(表面、端)などです。また、低温・長時間調理では、均一に焼き色が着き、均一に焦げていきます。このようにして集中的に発生した焦げは避けて食べます。ところがピッツァは高温・短時間焼成するため、焦げスポットが生じるようです。
 欧州では食事をオーダーすると先にドリンクとパンが出てくることが多いです。南イタリアでは、このパンの代わりにピッツァクラストを出してくれるお店もありました(写真右)。恐らく、ピッツア生地の余った部分を焼いただけのものですが、コルニチョーネに重き価値を置く南イタリアでは、これにオリーブオイルをかけただけで、十分に満足できます。

 具材を工夫することで様々なバリエーションが生まれます。左の写真は魚介のピッツアです。具材の豪華さとは裏腹に、素材の価値を生かし切れていないものでした。パスタソースのように一度トマトソースと一緒に火を通したものを乗せて仕上げたほうが良いでしょう。右の写真はズッキーニ、モッツアレラ、レモンの組み合わせです。彩も良く、さっぱりした味わいが新鮮で、とてもおいしかったです。筆者はパスタやピッツァを食べる際には追いオリーブすることが多いのですが、この組み合わせであればハチミツにしてもおいしいだろうと思います。或いは日本でアレンジするならで牛タン、レモン、カブなどで合わせてみても面白そうです。その他には、ピッツァクラストをキャンパスにして、具材で絵を描いたアート系ピッツアもありました。日本人は一枚のピッツァを複数名で食べることが多いため、どのピースをとってもほぼ同じ具材配分になるような秩序配置になっていますが、一人で一枚食べるイタリアにおいては自由な具材配置=アートが成立するようです。

ピッツァ(中央イタリア)

 先に述べましたが、ピッツァは一般にナポリタイプとローマタイプとに大別されます。ローマタイプはクラスト(具材を乗せる土台)の額縁部分(土台の土手)が薄く、パリッとした食感を楽しむことができます。ローマピッツァにおいて、クラストの額縁部分はそれほど重要視されておらず、残す人さえいると聞いています(もったいない)。

 写真はイタリア中部・フィレンツェで食べたピッツァですが、やはりクラストは薄かったです。ナポリピッツアと比べてボリュームが無いため、一人一枚は余裕です。ローマピッツァのクラストはその食味を楽しむというより、具材を楽しむための器としての役割を果たしているように感じました。近年、廃プラスチックが社会問題となっており、生分解性プラスチックや可食性容器の利用が注目されています。この意味において、ローマピッツァのクラストは可食性容器の先駆けといえるのかもしれません。全ての道はローマにつながるみたいです。
 ローマではピッツァが普及する以前より、薄いフォカッチャが食べられていたことがローマピッツァに由来するといわれています。ただ、具材はクラストの上に載せられるものではなく、折り曲げてパニーノのように中にはさんで食べられていたようです。

 それと近いものを北イタリアで見かけました。上の写真は薄めのクラストの中にチーズ、ハム、トマトなど、ピッツァの具材を挟んで両面焼きにしたものです。要するにホットサンドです。上記のローマピッツアのクラストが可食性食器であれば、こちらは可食性袋といえそうです。ピッツァを一切れ手に取って、食べようと口に近づけたとき、クラストが具材の重みに耐えられずにしなって、具材がテーブルやひざの上にボタっと落ちてしまった経験はありませんか?こうした不幸からは免れられそうです。

ピッツァ(北イタリア)

 これまで南イタリアと中央イタリアのピッツァをご紹介しましたが、北イタリアにはどちらにも属さないちょっと変わったピッツァがあります。北イタリアに限定されるかどうかまでは精査できていませんが、ミラノでの食経験をご紹介します。

 このピッツァは、①生地と具材を専用のフライパンに乗せ、②フライパンに熱が通りやすいように少し浮かせて石窯で焼成する点に特徴があります。その際、③石窯から取り出して底部の焼き上がりを確認する作業を行い、④最終品に仕上げていました。

 通常のピッツァの焼成は石窯からの輻射伝熱が支配的ですが、このピッツァの底部はフライパンからの伝導伝熱によって加熱されるため、底部をサクサクしたクッキー様に仕上げることができます。これにより、ふっくら・もっちり(上部)とサクサク(底部)の食感コントラストを楽しむことができます。焼成に際してはクラスト底部の焼き具合を確認しながら適宜オリーブオイルを追加し、焼き加減に細心の注意が払われていました。但し、喫食は時間との戦いで、一定時間が経過するとクラスト底部の食感はふにゃふにゃになってしまいました。これは水分移行に伴うガラス-ラバー転移によって説明できます。詳しくは研究内容をご参照ください。お皿に乗せると底部は湿気がこもることも一因です。かといって上部ではチーズが溶けており、逆さまに置くこともためらわれます。

 ミラノではフライパンに敷くオリーブオイルを大幅に増やし、クラスト底部をカリカリにしたフライ様に仕上げたもの(上の写真)もありました。こちらはふっくら・もっちり(上部)とカリカリ(底部)の食感コントラストを楽しむことができます。底部の油分が多いため水分移行が滞り、クラスト底部の食感も維持され易いと感じました。実はこのお店は東京にも進出を果たしています。関連ワードで調べればすぐに出てきますので、ご興味のある方は足を運んで食べてみてください。その際、カロリーを気にするのはやめておきましょう。少しニュアンスは異なりますが、肉まんの底部をフライパンで揚げ焼きにすると、こんな感じになりそうです。肉まんをチーズピザまんに代えると更にもう一歩近づくかもしれません。

 ピッツァを油で揚げるという発想は唐突なものではなく、元々それに近いものはあったようです。上の写真はピッツァの包み揚げ(パンツェロット)です。先にピッツァの包み焼きをご紹介しましたが、それを揚げたのがこれです。外皮はカリカリ、内皮はふっくら・もっちりで、内部から熱々のチーズやトマトソースが溶け出します。これをひっくり返せば上記の揚げピッツァになります。通常のピッツアと比べて、チーズやトマトソースが冷めにくくなる点にアドバンテージを感じました。

参考図書

  1. パオロ・マーシ、アンナリーサ・ロマーノ、エンツォ・コッチャ(永島俊夫 監訳、鈴木庸子 訳)
  2. ピッツァ・ナポレターナの美味しさの科学. 丸善出版(株), (2020).
  3. ファブリツィオ・グラッセッリ. ねじ曲げられた「イタリア料理」(株)光文社, (2017).

小籠包

 小麦粉の生地に肉を包んだ料理には、餃子、肉まん、小籠包など様々なものがあります。主食(小麦粉)と肉とが同時に食べられる気軽さ、肉汁ごと中に閉じ込めることによる濃厚な味わい、中身が見えないことへの期待感など、肉を包むことで色々な価値が生まれると思います。筆者が幼少期のころ、肉まんはまだ珍しい食べ物でした。冬になると駄菓子や文房具屋に蒸し器が設置され、そこで売っていたものを購入していた覚えがあります。当時はまだ家庭に電子レンジが普及していなかったため、購入した肉まんを後で食べるときには、ご飯ジャーに入れて保温していました。肉まんの底にはご飯粒がついてきます。

 ここでは台湾で頂いた小籠包を紹介します。左の写真はスタンダードな小籠包です。小籠包は肉汁(スープ)を閉じ込めた料理ですので、美味しく食べるにはスープを流出させないように、注意しなくてはなりません。せいろには保温効果があるため、せいろごと提供される小籠包は膨らんだ状態で食べることができますが、お皿に盛られた小籠包は冷めやすく、収縮した状態になってしまいます(真ん中の写真)。皮が破れさえしなければ中のスープをいただくことは可能ですが、見た目がちょっと残念な気持ちになります。

 通常、小籠包はせいろで蒸して作られますが、アレンジしたものもたくさんあるようです。右の写真は鉄鍋で蒸し焼きにしたもの(水煎包)であり、焼き色が着く点に特徴があります。中にはちゃんと肉団子とスープが入っています。焼き色が濃いもの、平たく押しつぶしたものもありました。一方、これを窯でローストしたもの(胡椒餅)が右の写真です。外はカリカリですが、中にはジューシーな肉団子が入っています。ただ、これを美味しく食べるにはかなり高度なテクニックが求められます。箸もフォークもスプーンもなしで、紙に包んだ状態で渡されるので、食べ方としてはかぶりつくしかありません。しかし、外の皮を食べた瞬間、中から高温を保持した肉汁(油)が流出するため、口をやけどするのです。正しい食べ方があったら教えてほしいです。

 上の写真はポーランドで頂いた小籠包?です。ポーランドにはこのほかにも“お焼き”のようなアジアを彷彿させる料理が多々ありました。タルタルステーキもそうですが(生肉を参照)、やはりモンゴル帝国から伝わったのだろうと思います。台湾の小籠包と見比べると、形が少し異なることに気が付きます。ポーランドの小籠包は先端が太いのです。これにはこの国の小籠包に特有の理由があるようです。小籠包は中のスープごと味わう料理です。アジアでは箸で小籠包をつかみ、スープを吸いながら味わいます。一方、欧州ではナイフとフォークで食べるのが一般的です。しかし、小籠包をナイフとフォークで刻むとスープが流出しますし、フォークで刺しても、食べる過程でスープがこぼれ落ちる恐れがあります。そのため、先端を少し太めに作り、ここにフォークを指して(或いは手づかみで)食べるように作られているようです。国ごとに独自進化を遂げていく食べ物の様子は、環境に応じて姿形を変えてきた生き物のように見えます。この先、食は、そして生物は、どのような進化を遂げていくのでしょうか。

ピンチョス

 サン・セバスチャン(バスク語でドノスティア)はフランス国境に近いスペイン北部(バスク地方)に位置する小さな街です。近年、サン・セバスチャンは美食の街として世界から注目を浴びているようです。サン・セバスチャンの庶民的な美食の楽しみ方はバル巡りであり、ピンチョスと呼ばれる小皿料理を嗜むことにあります。ここではそのいくつかをご紹介します。

 左の写真は青唐辛子の酢漬け、アンチョビ、オリーブを串に刺した定番のピンチョスで、ヒルダと呼ばれます。要するに昔ながらの保存食三点セットですが、保存メカニズム(酢漬け、塩漬け、油漬け)が異なるものを組み合わせた点に特徴がありそうです。唐辛子は辛くはなく、酸味、塩味、油味のバランスが絶妙でした。日本であれば、酢漬けの大根、イカの塩辛、ウズラの卵の組み合わせでどうでしょうか。
右の写真はスライスしたバケットに具材を乗せて提供するタイプのピンチョスです。日本であればお寿司の握りに近いといえそうです。写真はアンチョビとパプリカのマリネを合わせたピンチョスで、バケットは想像以上にサクサクしていました。パプリカが具材から供給される水分の、パンへの移行を妨げるためと考えられます。尚、ベーカリー製品がサクサクした食感からしっとりした食感へと自発的に変化する要因は研究内容でもご紹介しています。

 左の写真はカニのタルトです。カップ状に成型したタルトにペースト状の具材を乗せるタイプのピンチョスであり、日本ではお寿司の軍艦巻きに近そうです。カニの風味を生かしきれていない気がしましたが、残渣利用であれば付加価値を与えていると思います。
カップに素材を用いた事例もありました。右の写真はウニのムースです。微細な気泡を含んでいるため口当たりはよいのですが、見方を変えれば空気によってかさ増しされているわけですから、物足りなさも。すっと消えますが、油分のおかけで後味はしっかりと残ります。日本ではカニの甲羅に入ったグラタンを思い出しました。

 左の写真はスケールダウンしたハンバーガーです。付け合せのポテトもスケールダウンしている点にこだわりを感じます。当然ですが、味はスケールダウンしていません。そして値段も。お肉はレアでした。筋原繊維を感じたので合挽ではないだろうと信じつつも、最悪おなかを壊す度合いもスケールダウンするだろうと、ポジティブシンキングで頂きました。バンズを赤く染めたタイプもあり、マカロンのように積み重ねて展示した事例もありました。ピエは無かったです。日本にもラーメン半チャーハンセットみたいな文化はありますが、それは量を減らしただけです。幾何学条件をスケールダウンしている点にこの料理の特徴があります。ピッツァは同じ発想でいけそうです。パスタもごく細麺を使えば。そうめんをミニチュアうどんというようなものですが…。
 右の写真はエビのフリッターです。揚げ物にマヨネーズソースの組み合わせた“こってりコンビネーション”と思いきや、酸味を効かせたあっさりムースでした。サン・セバスチャンのバル巡りの中で特徴的に感じたのは、この酸味の使い方です。ビネガーを効かせたソースが、脂っこく、しょっぱい味付けに爽やかなアクセントを与えているようです。日本で例えるなら、焼き餃子のたれに酢を使うようなものかと思います。酸味との組み合わせに関しては、この地域の地酒として知られるシードラ(リンゴ酒)にも認められます。酸味の利いた微炭酸酒が、脂っぽくなった口腔内を洗い流してくれる感覚です。日本であれば唐揚げとハイボールの組み合わせに近いと思います。和食に酢を利かせた料理が少ないのは、油分が少なく、だしを利かせた繊細な味付けの料理が多いためと思われますが、天ぷらへの適用などには可能性を感じます。

参考図書

  1. 高城剛. 人口18万の街がなぜ美食世界一になれたのか スペイン サン・セバスチャンの奇跡. 祥伝社新書, 2017年.
  2. 菅原千代志,山口純子. スペイン美·食の旅 バスク&ナバーラ. (株)平凡社, (2013).
  3. 渡辺万里. スペイン文化読本. (川成洋 編)丸善出版(株), (2016).

パエリア

 代表的なスペイン料理の一つにパエリアがあります。サフランライスの香り、イエローライスに色とりどりの具材、鉄板ごとテーブルに届けられる演出など、インパクトを感じます。パエリアは生米から調理するためオーダーしてから40分程度待つことになります。その間に色々と食べていると、お腹が満たされたころにテーブルに届くので、美味しくいただくには食欲のコントロールが求められます。

 左の写真はスペインで頂いたスタンダードなパエリアです。期待を裏切らない味でした。中央の写真はイカ墨のパエリアです。イカ墨料理を日本国内で食する機会は少ないと思います。ちょっとグロテスクな印象が日本人ウケしないからかもしれません(歯も黒くなりますし)。右の写真は一見すると普通のパエリアですが、実はショートパスタのパエリアです。パスタはコメと比べて調理時間が短いため早く食べることができると期待しましたが、やはり40分程度は待ちました。この料理を日本で見かけない理由は、パスタが煮込んだソーメンのような食感になってしまうからかなと思いました。パエリアにしても、アルデンテのような歯ごたえのある食感を出せれば、日本人にもうける可能性はあるのかもしれません。スープと具材にあらかじめ火を通しておき、ショートパスタの加熱を抑えれば、それに近づくのではないかと思います。或いはショートパスタではなく、オレッキエッテのような太く小さめのパスタにすれば、美味しくなりそうです。スペインのレストランはランチタイムもディナータームも遅いです。早寝早起きを心掛けている筆者にはちょっときつい食文化でした。

カタツムリ

 エスカルゴと聞くと、なんかちょっと高級そうな印象を抱く方は、結構いらっしゃるのではないでしょうか。筆者はサイゼ〇ヤさんに行くと、フォッカチオ、赤ワインと一緒に頂くことが多いです。一方、エスカルゴと似た生き物のカタツムリはどうでしょうか。こちらはむしろ食べたくないと思う方が非常に多いと思います。そもそも日本国内のレストランで見かける機会も殆どありません。自然の中で見かけることはありますが、食べ物としては受け入れがたい容姿です。危険な寄生虫を宿していることも多いようですし、個人的にはあまり関わりたくないです。そんなカタツムリを、スペインでは普通に食べるみたいです。勿論加熱はしています。

 左の写真はバルセロナで食べたカタツムリです。値段は非常にリーズナブルでした。味付けはやや濃く(おそらく生臭さを打ち消すため)、おつまみとしては美味しかったです。ただ、少し滑りを感じたのと、一皿に盛られたカタツムリの量が非常に多く、冷めてくるとだんだん風味も気になりはじめて、途中からちょっとイヤ気が…。後日、スペインの田舎街を歩いていると偶然カタツムリを見かけました(右)。姿形が同じだなと思うと、少し微妙な気持ちになりました。しかし、地球環境が急速に変動していく中で、昆虫と同様に、カタツムリもまた人類にとって貴重なタンパク源になる日が来るのかもしれません。そう考えると、カタツムリは最先端の食材の一つだと思います。

うなぎ

 うなぎは、筆者が幼少期のころからやや高価な食材ではありましたが、近年は価格が高騰しており、食べる機会はすっかり減ってしまいました。しかし2000年頃に価格破壊が起こったことを覚えています。東京の駅横デパ地下食品売り場でうなぎのかば焼き一匹が300円程度で購入できたのです。中国産でした。やがて価格は安定化し、現在は中国産うなぎも比較的高価格で取引されていますが、消費者としては非常にインパクトのある出来事でした。

 高級食材のうなぎですが、海外ではうなぎの稚魚(シラスウナギ)を食べる文化があります。一匹でも高価なのに、贅沢な話です。2008年の話ですが、チリのサンチアゴにてシラスウナギのアヒージョを食べる機会がありました。左がその写真です。おいしいと思いましたが、アヒージョにすると大体なんでもおいしくなる訳でして、シラウオでも十分かなと思いました。それから約10年後、再びシラスウナギのアヒージョを、今度はサン・セバスチャンのバル(ピンチョスにて一部紹介)で食べる機会に恵まれました。右がその写真です。実はこのシラスウナギ、タラ系のすり身を使用して造られた模造品でグーラスといいます。アヒージョにすれば大体なんでもおいしくなる訳でして、グーラスでも十分に満足できました。ここで特筆すべきはアヒージョの素晴らしさではなく、グーラスです。グーラスはタンパク質ゲルなので本物に近い食感を生み出しますし、形状を似せることでソースがよく絡みます。シラスウナギに特徴的な模様もちゃんと入っている点にこだわりを感じます。
 グーラスはスペイン全土で支持されているらしく、バレンシア地方のスーパーマーケットでも見かけました。おそらくシラスウナギを食べる文化は衰退し、グーラスがそれに取って代わると思います。それで十分だからです。日本でいうと、馬鈴薯澱粉を片栗粉と呼ぶようなものかもしれません。その後の調査で、この模造品の製造機は日本のカニカマ製造機メーカーが携わっていることを知りました。日本のすり身技術は凄いもので、世界では高く評価されています。ちなみにすり身は英語もsurimiです。
 世界と比べると、日本国内ですり身は過小評価されている気がします。すり身の利点は任意に成型できることだと思います。カマボコやチクワなどの伝統的な形状も良いですが、より自由な発想で、構造が生み出す食感を追及することに潜在性を感じます。そのためのヒントはバラエティ豊かな形状が揃うパスタにありそうです。

生肉

 生肉といえば牛肉を非加熱で食べるユッケやレバ刺しを思い起こします。これらの料理には口の中でとろけるような食感と濃厚な味わいに特徴があります。しかし日本では2011年に起こった死者を伴う集団食中毒事件をきっかけにこれらの料理を食する機会は失われ、加熱が不十分な肉類を喫食する行為は危険なこととして、一層の注意喚起がなされるようになりました。仮に非加熱でも喫食可能と謳われた肉類があったとき、それは徹底した衛生管理の下で十分な安全性を確立したことの表れであると捉えられ、特別な感覚(高級そう、希少そう、おいしそう)が芽生えることはありそうです。
 動物性タンパク質を非加熱で喫食する行為は、寿司、刺身、生卵など、日本で広く根付いている食文化であって、外国ではそこまで広く受け入れられてはいません。生の牛肉に関しては朝鮮半島などで食されていることはよく知られていますが、同様の食文化は欧州にもあるようです。

 左の写真はフランス・パリで食したタルタルステーキ(ユッケ)です。一説によると、タルタルとはタタール人を指す言葉であり、モンゴルの遊牧民から伝わった食文化だといわれています1)。牛生肉をミンチにするのは味付けのためと思われますが、見た目からはペットフードのような印象を受けます。このタルタルステーキは塩、コショウ、オリーブオイル、バルサミコを併せて食べる仕様になっていました。日本ではゴマ油と塩でこってり食べることが多いのに対し、こちらはヘルシーな印象を受けました。隣に添えられている大量のフライドポテトは欧州のお約束です。
 中央の写真はポーランド・ワルシャワで食したタルタルステーキです。肉はやはり細かくミンチされていました。レモンや香草と合わせて食べるため、肉とはいえ、やはりヘルシーな食味でした。ここで注目すべきは卵黄が添えられていることです。生卵を食べる食文化は世界でも珍しく、日本に特異的だといわれています2)。日本では生卵を食べる習慣があるため、他国と比べて卵の賞味期限がかなり短く設定されており、このことがフードロスを招く一因であるとの指摘もあります3)。以前、筆者の研究室で迎えたトルコの先生に日本の伝統食品を味わっていただこうと様々なものをテーブルに並べたことがありました。納豆でさえ一粒だけ食べてくれましたが、生卵だけは断固拒否していました。しかし欧州では卵黄は別物の様です。恐らく欧州人が好まないのは卵白のぬるっとした感じであろうといわれています4)
 右の写真はドイツ・デュッセルドルフで食べた生肉料理です。料理名は“メットヴルスト”です。生の挽肉がスライスしたバケットに盛られていますが、この生肉はなんと豚肉です。日本において、豚の生肉は非常に危険なものとして認識されています。そのような環境で育った筆者にとって、ミンチした生の豚肉を食べる行為は信じがたいものでしたが、食べてみると、豚肉に特有の濃厚な肉の味わいは確かにおいしかったです。味付けは塩とコショウでした。ドイツには牛や豚のひき肉を生で食べる食文化があり、そのために徹底した衛生管理が施されているそうです5)。そうではない国、例えば日本で同じ行動をとった場合には、悲惨な結果が待っていると思います。しかし、どんなに衛生管理を徹底してもリスクはゼロにはなりません。事実、ドイツにおいても生挽肉の喫食による食中毒は問題視されており、幼児、妊婦、高齢者などは喫食を控える注意喚起がなされているそうです。

参考図書

  1. 鄭 大聲. 朝鮮の生食と日本. “生食のおいしさとリスク” 監修 一色賢司. (株)エヌ・ティー・エス. pp53-62 (2013).
  2. 小川宣子. 生卵と卵かけご飯. “生食のおいしさとリスク” 監修 一色賢司. (株)エヌ・ティー・エス. pp41-46 (2013).
  3. 井出留美. “賞味期限のウソ. “賞味期限のウソ 食品ロスはなぜ生まれるのか” (株)幻冬舎. Pp9-56 (2019).
  4. 北岡正三. 食鳥と鳥卵. “物語 食の文化 美味い話、味な知識” 中央公論新書. pp72-75 (2011).
  5. インタビュー 食肉の現場から “生食のおいしさとリスク” 監修 一色賢司. (株)エヌ・ティー・エス. pp104-109 (2013).

生牡蛎

 筆者の暮らす広島県は牡蠣の養殖地として知られています。旬の季節になると、牡蠣はスーパーなどで生食用と加熱用とに区別して売られるようになります。動物の内臓には多くの細菌が存在しています。生牡蠣はその内臓ごと非加熱で食べる料理ですので、どんなに徹底した衛生管理がなされていても、少なからずリスクは残ります。それでも生牡蠣が人々に愛される理由は、おいしいからにほかならないでしょう。魚肉を非加熱で食べる文化を持たない国においても、牡蠣は例外的に非加熱で食されてきたようです。欧州での生牡蠣の喫食文化は輸送手段や冷蔵技術の発展とともに広がっていったようですが、社会活動の工業化が進むにしたがって河川や海の汚染が広がった結果、死者を伴う食中毒が発生したこともあったようです。牡蠣が新鮮かどうかではなく、牡蠣の生育環境がきれいかどうかということが問題です。このような問題(水質汚染)は、近年では世界中で直面しているように思います。

 左の写真は広島県で有名な会社が運営するレストランで食べた生牡蠣です。この牡蠣は本土から遠く離れた離島で養殖されており、ヒトの社会活動によって生じる影響を受けない環境で育てられているため、安心して食べることができるそうです。ここの生牡蠣は広島空港内でも食べることもできますので、ご興味のある方は是非、広島県に足を運んでいただければと思います。東京から飛行機で1時間半程度です。中央の写真はオーストラリア・ケアンズで食べた生牡蛎、右の写真はチリ・サンチアゴで食べた生牡蛎です。いずれもレモンのみ、或いは時々少量のコショウをかけて、シンプルに素材のおいしさを味わうものでした。

上の写真はタイ王国で食べた生牡蠣です。チュラロンコン大学、東京海洋大学のメンバーと一緒に食べました。タイ王国の、しかも食品工学分野の教授に案内されたレストランでしたが、その教授は「ここの牡蠣は大丈夫だが、保証はしない。」とおっしゃっていました。日本を含めた多くの国々において生牡蠣はシンプルに味わうものでしたが、タイ王国では生ニンニク、唐辛子、ライム、ナンプラーなどと合わせて食べる点に郷土を感じました。ここで注目すべきは写真左上に見える香草です。これは“グラティン”というそうです。チュラロンコン大学の教授によると、これを生牡蠣と一緒に食べることで食中毒を抑えることができるとともに、味が甘くなるということでした。実際に食べてみましたが、確かに一緒に食べることで生牡蛎の味が変化し、甘みを強く感じるようになりました。この詳細なメカニズムはまだよくわかっていないそうです。日本では生魚にわさびを合わせますが、一部の方には刺激が強すぎるようです。理屈はどうであれ、食中毒をおいしく防ぐことができるのであれば、素晴らしいことだと思います。理屈が分かれば、日本でも利用しようという試みが広がるのかもしれません。

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