広島大学 大学院統合生命科学研究科 食品工学研究室(川井グループ)

研究内容

概要

食品の加工や保存過程において、食品中では様々な化学反応や物理変化が複雑に進行します。これらの進行には「温度」と「水分」とが深く関わっているため、この二つの因子を支配することで、食品の品質設計・制御が可能になります。川井グループでは、温度および水分含量変化に伴う食品(並びにバイオマテリアル)の物理的性状変化(融解、結晶化、ガラス-ラバー転移、包摂複合化など)を解明し、それを食品開発や品質制御に利用する研究を進めています。

クッキーは焼き方を変えると血糖値の上昇が穏やかになる

澱粉は主成分としてグルコースが房状に連結したアミロペクチンと、副成分としてグルコースが鎖状に連結したアミロースとから構成されます。アミロペクチンは二重らせん部分(結晶質)と無定形部分(非晶質)とが混在した房状高分子、アミロースは大部分が無定形の鎖状高分子です。私たちは殆どの食品を加熱加工・調理してから食べますが、この加熱によって、アミロペクチンの結晶質は融解し、非晶質になります。融解した澱粉(非晶質アミロペクチン)は未融解澱粉(結晶質アミロペクチン)よりも化学的に不安定なため、私たちはこれを体内で速やかに消化・吸収することができます。したがって澱粉食品の加熱加工は嗜好性の向上だけでなく、栄養学的にも非常に重要な操作といえます。

一方、近年では消化・吸収され難い食品の機能性についても注目されています。澱粉の消化速度が遅ければ、食後血糖値の上昇が穏やかになり、健康増進に関わる様々なメリットが想定されるためです。一般に、穀類澱粉(コメ、コムギ、トウモロコシなど)の結晶質は消化され難いこと、根茎澱粉(バレイショなど)の結晶質は殆ど消化されないことが知られています。消化されない食品には過剰摂取による健康被害も危惧されるため、その扱いは慎重になりますが、消化が速度論的に遅れるというのであれば、安心して利用できます。薬学分野では徐放性製剤と呼ばれるものがあり、薬が体内でゆっくり溶け出すように設計することで、血中薬物濃度を長期間一定に保つことが可能なものなどが開発されています。しかし、この様な概念を実在する食品に適用した例は、これまでにありませんでした。

私たちの研究グループでは、澱粉の融解を回避した(結晶質を維持した)加熱操作の効果を、身近な澱粉含有食品であるクッキーを題材として取り上げて、検討しています。クッキーに着目した理由は、品質への影響が少ないと考えたためです。未融解澱粉は口腔内で剛体的な食感として感知されるため、水分が多く柔らかい食品(ご飯、パン、麺など)にノンメルティング製法を適用した場合、食味が悪くなるため、食品として成立しません。しかし、クッキーの様な焼成食品であれば、それ自体が剛体的な食感を示すため、未融解澱粉を違和感無く受け入れられます。焼成過程における澱粉の融解を妨げるには、生地を澱粉の融点以下で焼成しなければなりません。しかし、クッキー生地中の澱粉は融解し易く、そのような低温では到底、焼き上げることはできないという問題に直面します。

親水性高分子の融点は水分含量の低下によって上昇することが知られています(水が澱粉の融解を促しているとも解釈されます)。そこで、先ずは澱粉の融点以下で焼成して水分の減少を待ち、澱粉の融点が高くなったら、その分だけ焼成温度も上げていく、これを繰り返す焼き方(昇温焼成)によって、ノンメルティング製法を実現しました。そのために先ず、示差走査熱量計や偏光顕微鏡を用いて、クッキー生地中での澱粉の融点と水分含量との関係を調べました。また、得られた結果は相図(温度vs水分含量)として整理しました。焼成過程において、クッキー生地では温度上昇と水分低下とが同時に起こります。澱粉の融解を回避するには融解曲線以下の状態を維持しながら、クッキーとしての水分(4%程度)に到達しなければなりません。この時の指針を相図が与えてくれます。

但し、相図には時間の概念はありません。何℃で何時間焼成すれば、相図上の昇温焼成が実現できるのか、までは分からないのです。そこで、各温度での水分蒸発速度を解析しておく必要があります。これによって、相図上の昇温焼成を実現するための焼成条件(温度-時間操作)を計算で導くことが可能なります。これがプロセスの最適化です。こうしてできたクッキーは、マウスでの血糖値の上昇比較において、普通に焼成したクッキーよりも、最大ピークが優位に低下することを確認しました。焼き色や食感への影響は、全くない訳ではないですが、クッキーとして十分に受け入れ可能な範囲にあり、条件を最適化すれば調整も可能です。

ノンメルティング製法は、既にクッキーを製造しているメーカーであれば、新たな整備投資もなく、実用化できます。また、品質の問題さえ解決できれば、クッキー以外の焼き菓子にも適用することも可能です。今後も色々な展開が考えられそうです。

発表論文

  1. K. Kawai*, H. Kawai, Y. Tomoda, K. Matsusaki & Y. Hagura. Effect of pre-dehydration treatment on the in vitro digestibility of starch in cookie. Food Chem., 135, 1527-1532 (2012). https://doi.org/10.1016/j.foodchem.2012.06.005
  2. K. Kawai*, K. Matsusaki, K. Hando, & Y. Hagura. Temperature-dependent quality characteristics of pre-dehydrated cookies: structure, browning, texture, in vitro starch digestibility, and the effect on blood glucose levels in mice. Food Chem., 141, 223-228 (2013). https://doi.org/10.1016/j.foodchem.2013.02.103
  3. K. Kawai*, K. Hando, R. Thuwapanichayanan, & Y. Hagura. Effect of stepwise baking without starch melting on the macroscopic structure, browning, texture, and in vitro starch digestibility of cookie. LWT, Food Sci. Technol., 66, 384-389 (2016). https://doi.org/10.1016/j.lwt.2015.10.068

クッキーやフライ衣はガラス化するからサクっと、ラバーになるからグニャっとする

クッキーがサクサクするのは、それがガラス状態にあるからだということが分かりました。また、クッキーが湿気るとサクサク感が無くなるのは、ガラス-ラバー転移(ガラス転移)によって、ラバー状態になるからだということが分かりました。ガラス状態やラバー状態とは何を意味するのでしょうか。

固体食品はその大部分が非晶質(無定型)の状態にあります。非晶質とは、物体を分子レベルで見たとき、結晶の様な秩序構造を持たない状態であり、広義の液体に分類されます。固体食品の物性について考えるには、それを液体として扱う必要があるのです。流動状態(流れやすい状態)から温度や水分の低下によって分子運動性が低下すると、グニャグニャとしたラバーになります。構成成分が流れ難くなるためです。更に温度や水分の低下によって分子運動性が低下すると、構成成分はもはや流れることができなくなり、固体になります。この状態がガラス状態です。同じ固体でも、結晶のような規則正しい構造(秩序構造)はありません。流れることができない液体がガラスです。ガラス状態はあらゆる物質がとり得る一つの状態であり、多くの乾燥食品がガラス化していることが分かってきました。


食品の物理的性状

ガラス転移が起こる温度をガラス転移温度(Tg)と呼びます。乾燥や冷却によってガラス化した食品(T < Tg)には硬さや脆さが現れます。一方、吸湿や加熱によって食品がラバー状態になると(T > Tg)軟らかさが現れます。だからクッキーはガラス状態にあればサクサクした食感が、ラバー状態になるとグニャっとした食感がそれぞれ生まれるのです。

この研究では先ず、示差走査熱量測定や昇温レオロジー測定などによって、様々な水分に調節したクッキーのTgを決定しました。得られたTgと水分との関係から状態図を作成することで、クッキーの状態(ガラスorラバー)が分かり易くなるからです。この図から、例えば、このクッキーのTgが25℃(常温)になるときの水分が5%程度だと分かります。言い換えると、クッキーの水分が5%以下であればガラス状態なのでサクサクとした食感が、水分が5%以上になるとサクサク感が失われることが分かります。実際にクッキーの破断特性をレオメーターによって調べてみると、水分5%を境に、破断エネルギーが不連続に大きく変化することが分かりました。水分5%以下(ガラス状態)で破断エネルギーが低いのはクッキーが脆性破壊するためです(脆いことを意味します)。水分5%以上(ラバー状態)で破断エネルギーが一時的に大きく変化するのは延性破壊するためです(伸びるように変形した後、ぐちゃっと崩れます)。ラバー状態から更に水分が増加すると急激に軟化して、粘土のように(変形はするが、崩れなく)なります。

クッキーの状態図クッキーの破断エネルギーと水分との関係

食品のTgは材料の配合によっても変化するため、温度および水分が一定条件であっても、物理的性状を変化させることができます。食品のTgを制御することで食感を任意に設計できるようになるのです


ガラス転移概念に基づく乾燥食品の食感制御

図中の水色領域はガラス状態を、白色領域はラバー状態を、それぞれ示す。例として、低水分系食品の加工および保存について考える。 図(a)において、食品の水分を点Aまで下げると、食品は室温でガラス状態となり、弾性的食感が生まれるのに対し、点Bで操作を完了すると、食品は室温でラバー状態となり、粘弾性的食感が生まれることが分かる。ガラス状態になった食品も保存過程で吸湿すると、ラバー状態になる。食品にTgが高い成分を配合すれば、Tgを引き上げることができる(図(b))。これによって食品は点Bで操作を完了しても、或いは保存中に吸湿してもガラス状態を保つことが可能になる。一方、食品にTgが低い成分を配合すれば、Tgを引き下げることができる(図(c))。これによって点Aまで水分を下げてもラバー状態となり、水分含量(水分活性)が低いにもかかわらず粘弾性的食感を有した食品を設計できる。

フライ食品の“衣”にもクッキーと同じことがいえます。揚げたての衣は表面がガラス化しており、サクッとしたおいしい食感を呈しますが、時間が経過するとラバー状態になって、ベチャとした食感になります。こうなるとフライ食品は商品価値を失います。フライ食品はコンビニエンスストアなどでも売られていますが、一定時間が過ぎると廃棄されるようです。これは食品が腐ったからではなく、美味しくなくなったからです。衣のサクサク感を長時間維持できれば、フードロスの削減にもつながるでしょう。そのための学術的指針が、ガラス転移温度(Tg)なのです。現在は、油脂を扱う食品素材メーカーとの共同研究課題として、フライ食品の高品質化について検討中です。

発表論文

クッキー
  1. K. Kawai*, M. Toh, Y. & Y. Hagura. Effect of sugar composition on the water sorption and softening properties of cookie. Food Chem., 145, 772-776 (2014).
    https://doi.org/10.1016/j.foodchem.2013.08.127
  2. T. Sogabe, K. Kawai*, R. Kobayashi, J. S. Jothi, & Y. Hagura. Effects of porous structure and water plasticization on the mechanical glass transition temperature and textural properties of freeze-dried trehalose solid and cookie. J. Food Eng., 217, 101-107 (2018).
    https://doi.org/10.1016/j.jfoodeng.2017.08.027
  3. T. Sogabe, R. Kobayashi, P. Thanatuksorn, T. Suzuki, & K. Kawai*. Physical and structural characteristics of starch-based and conventional cookies: water sorption, mechanical glass transition, and texture properties of their crust and crumb. J. Texture Stud., 1-11 (2021).
    https://doi.org/10.1111/jtxs.12585
  4. Y. Moriya, Y. Hasome, & K. Kawai*. Effect of solid fat content on the viscoelasticity of margarine and impact on the rheological properties of cookie dough and fracture property of cookie at various temperature and water activity conditions. J. Food Measure. Character., 14, 2939-2946 (2020).
    https://doi.org/10.1007/s11694-020-00538-6
フライ衣
  1. J. S. Jothi, T. Ebara, Y. Hagura, & K. Kawai*. Effect of water sorption on the glass transition temperature and texture of deep-fried models. J. Food Eng., 237, 1-8 (2018).
    https://doi.org/10.1016/j.jfoodeng.2018.05.014
  2. J. S. Jothi, T. N. D. Le, & K. Kawai*. Effects of trehalose and corn starch on the mechanical glass transition temperature and texture properties of deep-fried food with varying water and oil contents. J. Food Eng., 267, 109731 (2020).
    https://doi.org/10.1016/j.jfoodeng.2019.109731

ガラス固化した酵素や乳酸菌は常温で半永久的に保存できる

琥珀に閉じ込められた昆虫が常温で半永久的に保存されることはご存じかと思います。これと同じように、不安定で保存困難な生物材料(バイオマテリアル)を保存できるようにして、流通性の向上やコストダウンできれば素晴らしいことです。私たちはバイオマテリアルを医薬品、食品、工業製品など、様々な形で利用しています。しかし、それらの中には不安定で保存できないものも多く存在します。凍結保存は可能なものは比較的多いですが、恒常的な低温管理には流通、販売、コストでの課題を残します。更に、一部には凍結保存さえ適用できないものもあります。このような材料を安定化し、常温での保存性を確保することは、産業上極めて重要な課題なのです。

私たちの研究グループでは、糖質ベースの保護材によって不安定な酵素をガラス固化することで常温安定化する方法を検討しています。対象となる酵素に糖質ベースの保護溶液を加えて凍結すると、氷結晶の生成によって溶質相は濃縮(凍結濃縮)された結果、ガラス状態になります。このガラスの中には酵素も一つの成分として取り込まれています。ガラスは粘性が非常に高い液体(見かけ上は固体)であるため、その中に閉じ込められた酵素は動くことができません。ガラスの中の世界では時間が停止しているのです。時間が停止する訳ですから、劣化も停止します。更にこの状態から減圧して水を蒸発(凍結乾燥)させると、ガラス相に対して可塑剤として働いていた水分子が取り除かれた結果、酵素をトラップしたガラスを常温で回収することが可能になります。これによって酵素の常温安定化が実現されます。この状況は、琥珀に閉じ込められた昆虫が半永久的に保存されることよく似ています。琥珀もガラス状態であり、その中で昆虫は固化(包埋)されているのです。



凍結乾燥過程で糖質が形成するガラスマトリクスの低温電子顕微鏡写真(左)。
この中に酵素や乳酸菌が包埋(ガラス固化)されることで安定化する。
この状態は、琥珀の中に閉じ込められた昆虫が半永久的に保存される状況と似ている。

これまでの研究によって、不安定な酵素の常温安定化に成功し、魚肉鮮度試験紙の開発に利用することが可能になりました。この研究は東京海洋大学と共同で進めたものであり、異なる保護機能を有した幾つかの保護材を適切に混合したことに特徴があります。また、最近は乾燥耐性の低い微生物(乳酸菌や酵母)の常温安定化について検討しています。保護メカニズムは酵素の場合と大体同じようですが、加えて酸化に対するケアが重要になるようです。現在は、乾燥耐性の低い、ある乳酸菌を死滅から守るための研究を食品企業と共同で進めています。この乳酸菌を生きた状態で摂取することで、ヒトへの更なる健康増進効果が期待されるからです。後続の論文発表をお待ちください。

凍結乾燥酵素の残存活性の比較 凍結乾燥乳酸菌の生菌数変化

様々な保護剤を加えて凍結乾燥したキサンチンオキシダーゼの残存活性。スクロースとBSAを(タンパク質)混合することで相乗効果を発揮する。同じことはデキストラン(多糖)には認められない。 凍結乾燥乳酸菌の保存後の残存生菌数。残存生菌数は凍結乾燥前のlog生菌数に対する保存後のlog生菌数を百分率で表している。酵素と同じ保護メカニズム(二糖+タンパクで相乗効果)が認められる。

私たちの共同研究チームは、ヌマエラビルという種のヒルは、凍結しても死なない(凍結耐性が極端に高い)ことを発見し、論文を発表しました。凍結しても死なないことは、微生物の世界ではよくあることですが、ヌマエラビルのような肉眼で容易に確認できるサイズの生物では異例です。ヌマエラヒルはクサガメに寄生して生息しています。クサガメもヌマエラビルも、自然環境下で凍結の危機に晒されることはありません。しかし、ヌマエラビルは、クサガメが甲羅干しする間、乾燥から身を守らなければなりません。乾燥耐性が凍結耐性を高めることは、自然界ではよくあることです。乾燥は水が水蒸気として、凍結は水が氷として、それぞれ除かれる操作であって、物理現象としての共通性があるためです。ヌマエラビルに関するその後の研究の中で、このヒルは凍結-解凍前後にある溶質濃度を上昇させることが分かりました。また、私たちの研究によって、この成分を乳酸菌に配合すると、凍結乾燥耐性が飛躍的に向上することが明らかになりました。生物は、私たちがまだ知らない多くのことを教えてくれるようです。


クサガメに寄生するヌマエラビル

発表論文

酵素
  1. K. Kawai* & T. Suzuki. Stabilizing effect of four types of disaccharide on the enzymatic activity of freeze-dried lactate dehydrogenase: step by step evaluation from freezing to storage. Pharm. Res., 24, 1883-1890 (2007). https://doi.org/10.1007/s11095-007-9312-6
  2. P. Srirangsan, K. Kawai*, N. Hamada-Sato, M. Watanabe, & T. Suzuki. Improvement in the remaining activity of freeze-dried xanthine oxidase with the addition of a disaccharide-polymer mixture. Food Chem., 119, 209-213 (2010).
    https://doi.org/10.1016/j.foodchem.2009.06.016
  3. P. Srirangsan, N. Hamada-Sato*, K. Kawai, M. Watanabe, & T. Suzuki. Improvement of fish freshness determination method by the application of amorphous freeze-dried enzymes. J. Agric. Food Chem., 58, 12456-12461 (2010).
    https://doi.org/10.1021/jf102363a
  4. P. Srirangsan, K. Kawai*, N. Hamada-Sato, M. Watanabe, & T. Suzuki. Stabilizing effects of sucrose-polymer formulations on the activity of freeze-dried enzyme mixture of alkaline phosphatase, nucleoside phosphorylase and xanthine oxidase. Food Chem., 125, 1188-1193 (2011).
    https://doi.org/10.1016/j.foodchem.2010.10.029
微生物
  1. D. Teng, K. Kawai*, S. Mikajiri, & Y. Hagura. Stabilization of freeze-dried Lactobacillus paracasei subsp. paracasei JCM 8130T with the addition of disaccharide, polymer, and their mixture. Biosci. Biotechnol. Biochem., 81, 768-773 (2017).
    https://doi.org/10.1080/09168451.2017.1279852
  2. K. Lee, M. Shoda, K. Kawai, & S. Koseki*. Relationship between glass transition temperature, and desiccation and heat tolerance in Salmonella enterica. PLOS ONE, (2020).
    https://doi.org/10.1371/journal.pone.0233638
  3. K. Kawai*, S. Kyoya, L. Kyeongmin, & K. Shigenobu. Effects of glass transition and hydration on the biological stability of dry yeast. J. Food Sci., in press.

フリーズドライ食品の更なる高品質化と低コスト化の実現に向けて

食品を長期保存するための技術に冷凍や乾燥などがあります。冷凍は高品質な保存技術であり、刺身などの非加熱生魚も保存可能になるなど、私たちの生活に多大な恩恵をもたらしています。しかし、保存、流通、販売過程において常に低温を維持しなければならないことはデメリットといえます。一方、乾燥食品は常温や冷蔵で保存可能ですが、乾燥時には著しい品質低下を招きます。双方のデメリットを解決し得るのが、乾燥と冷凍のハイブリット技術ともいえるフリーズドライ(真空凍結乾燥)です。


水の相図と凍結乾燥サイクル

大気圧で常温に置かれた材料がある(1)。この品温を下げて水を結晶化(凍結)させる(2)。この状態で減圧し、圧力が低下すると氷が昇華する(3)。乾燥の度合いに応じて品温を上昇させ、結合水の蒸発を促す(4)。圧力を大気圧に戻し、乾燥物を回収する(5)。

フリーズドライは凍結した食品を真空下(水の三重点以下の圧力)に置くことで、氷を昇華させる乾燥技術です。乾燥過程において食品は常に低温で保持されるため、その他の乾燥技術と比較して、圧倒的に高品質な乾燥食品を製造することが可能になります。しかしフリーズドライにも1.乾燥に多くのエネルギーが必要、2.乾燥時間が長い、というデメリットがあります。1は水の物性に関するものであり、努力しても変えることはできません。2は工夫によって短くすることができます。

一般に食品の凍結乾燥では氷の昇華や結合水の蒸発を促すために、棚加熱と呼ばれる加熱操作を行います。フリーズドライに必要なエネルギー(昇華・蒸発潜熱)を棚からの伝導伝熱によって供給することが目的であり、これによって乾燥時間を大きく短縮することが可能になります。しかし、棚加熱が過ぎると品温が上昇し、コラプスと呼ばれる物理現象が発生します。コラプスとは崩壊を意味します。氷が昇華した後、食品にはたくさんの“穴”が形成されます。凍結乾燥食品の内部構造はこの穴がたくさん開いた状態(多孔質構造)にあります。多孔質構造は物理的に弱く、品温が上昇し、構造が軟化すると重力や界面張力の作用によって収縮・崩壊(コラプス)してしまいます。フリーズドライ過程でコラプスが起こると、以後の昇華・蒸発が妨げられ、乾燥が滞ってしまいます。また、フリーズドライ食品は水戻り性に優れるといわれていますが、それは多孔質構造を有しているためです。多孔質構造がコラプスによって失われてしまいますと、水戻りが悪くなります。

凍結乾燥操作を最適化するための指標の一つに凍結濃縮ガラス転移温度(Tg’)があります。Tg’は凍結濃縮相がガラス化(固化)する温度です。氷が昇華する過程で品温がTg’より少し高い温度に維持されていればコラプスすることなく凍結乾燥がスムーズに進行すると理解されています。即ちTg’が高い水溶液ほど、より高い温度まで棚加熱が可能であり、乾燥速度を高めることが可能になります。水溶液のTg’は組成によって変化させることが可能であり、組み合わせによって高めたり、逆に低下してしまったりします。私たちの研究グループでは様々な種類の溶質の組み合わせによってTg’がどう変化するのか、そのことがコラプス発生にどう影響するのかについて調べています。


フリーズドライ時の品温と凍結乾燥前後の体積変化との関係

様々な種類・濃度の水溶液を様々な条件でフリーズドライしたときの品温(T)と乾燥前後の体積変化との関係を調べた。図の横軸は品温(T)と凍結濃縮ガラス転移温度(Tg’)との温度差で表している。T-Tg’値がマイナスのとき、凍結濃縮相はガラス化しており、フリーズドライは進行しにくい。T-Tg’値が高いほど凍結濃縮相は流動的になり、フリーズドライは進行しやすくなるが、この値が7℃を超えるとコラプスが発生する。この温度範囲(0 < T-Tg’ <7)を狙い打ちすることが望ましい。

Tg’に基づくフリーズドライのプロセス制御は復水後は完全な水溶液として利用するもの(医薬品など)に対して有効です。一方、実在するフリーズドライ食品にはTg’とコラプスとの間に明確な相関を持たないものも多々あります。食品は様々な成分が混在することで溶液の内部構造が発達しており、乾燥後に形成される多孔質構造が物理的に強いためです。では、どういった性質であればどの程度まで棚加熱は許容されるのか、この指針がフリーズドライ食品の製造現場では求められているようです。私たちの研究グループでは食品のフリーズドライプロセスを最適化するために必要なパラメーターとして新たにレオロジーに注目し、コラプスとの関係について調べています。これまでの研究成果によって、一定以上の降伏応力を有したマンゴーピューレはTg’にかかわらずコラプスしないことを明らかにしました。また、塩の結晶化によってボロボロに崩壊してしまうフリーズドライスープに対して、融点の低いゲル化剤(ゼラチン)を少量添加することで、乾燥効率の向上、コラプス抑制、高い復水性の維持が可能になることを明らかにしました。フリーズドライ食品の更なる品質向上とコストカットに向けたプロセスの最適化については、現在も食品企業と共同で取り組んでいます。またフリーズドライを保存技術としてだけでなく、新たな加工技術として利用するための研究も行っています。


フリーズドライスープの3Dスキャン画像
(VLseries; Keyence Co., Osaka, Japan)

スープには塩類(NaClやグルタミン酸Na)が多く含まれており、凍結乾燥過程で共晶するため、乾燥物が粉々になってしまう。ここに高分子成分を加えることで、降伏応力が増加し、乾燥後も構造を維持できるようになる。高分子の種類や濃度によっては乾燥効率の低下や復水性の悪化を招くため、そのことも考慮した最適化が求められる。

発表論文

凍結濃縮ガラス転移温度
  1. K. Kawai*, K. Fukami, P. Thanatuksorn, C. Viriyarattanasak, & K. Kajiwara K. Effects of moisture content, molecular weight, and crystallinity on the glass transition temperature of inulin. Carbohydr. Polym., 83, 934-939 (2011). https://doi.org/10.1016/j.carbpol.2010.09.001
  2. N. Harnkarnsujarit, M. Nakajima, K. Kawai*, M. Watanabe, & T. Suzuki. Thermal properties of freeze-concentrated phosphate-sugar solutions. Food Biophys., 9, 213-218 (2014). https://doi.org/10.1007/s11483-014-9335-6
  3. Y. Yamamoto, Y. Hagura, & K. Kawai*. Freeze-concentrated glass-like transition temperature of carbohydrate-phosphate buffered saline systems and impact on collapse of freeze-dried solids. J. Therm. Anal. Calorim., 142(2), 809-817, (2020). https://doi.org/10.1007/s10973-020-09626-7
食品のフリーズドライ
  1. N. Harnkarnsujarit*, K. Kawai, & T. Suzuki. Effects of freezing temperature and water activity on microstructure, color, and protein conformation of freeze-dried bluefin tuna (Thunnus orientalis). Food Biopro. Technol., 8, 916-925 (2015). https://doi.org/10.1007/s11947-014-1460-1
  2. N. Harnkarnsujarit*, K. Kawai, & T. Suzuki. Impacts of freezing and molecular size on structure, mechanical properties and recrystallization of freeze-thawed polysaccharide gels. Food Sci. Technol., 68, 190-201 (2016). https://doi.org/10.1016/j.lwt.2015.12.030
  3. N. Harnkarnsujarit*, K. Kawai, M. Watanabe, & T. Suzuki. Effects of freezing on microstructure and rehydration properties of freeze-dried soybean curd. J. Food Eng., 184, 10-20 (2016). https://doi.org/10.1016/j.jfoodeng.2016.03.014
  4. Y. Yamamoto, S. Fong-in, & K. Kawai*. Optimum physical properties of fruit puree for freeze-drying: Effect of pulp content on freeze-concentrated glass transition temperature and yield stress of mango puree. J. Food Eng., 307, 110649 (2021). https://doi.org/10.1016/j.jfoodeng.2021.110649
  5. T. Sogabe, K. Ohhira, & K. Kawai*. Effect of polymer additions on the physical properties of freeze-dried soup solid. J. Food Sci. Technol., Accepted. https://doi.org/10.1007/s13197-021-05161-x

冷蔵保存可能な米飯があれば食品ロスはもっと減らせる

米飯系食品(おにぎりやお弁当)は、コンビニエンスストアなどでも品揃え豊富です。これらは、実はその他のお惣菜や麺類などと比べて、少し高めの温度(22ºC程度)で販売されています。チルド(冷蔵)と比べると腐敗しやすい温度条件なのであまり望ましいことではありませんが、そうせざるを得ない理由は米飯にあるようです。
米飯を冷蔵保存すると、糊化した米澱粉の老化が激しく進行した結果,硬くボソボソとした食感になることが分かっています。澱粉の老化とは、非晶質アミロースや非晶質アミロペクチンが秩序構造を再形成する現象のことで、物性論的には再結晶化に位置づけられます。同様の現象は,冷凍米飯を自然解凍した際にも認められます。澱粉が保存過程で老化したとしても、喫食時に電子レンジ加熱などで加熱することで、再糊化させることができるので、品質は確保されます。しかし見方を変えると、“再加熱が不要な冷蔵米飯や自然解凍が可能な冷凍米飯は販売できない”ということになります。コンビニエンスストアで米飯やおにぎりを買った人が、必ずしも電子レンジで再加熱して食べるとは限りません。出勤時にコンビニに立ち寄っておにぎりを購入し、昼食時にデスクで食べる方は多いと思います。米飯系食品は澱粉の老化を防ぐため、腐敗しやすい温度帯での販売を強いられているのです。



澱粉の糊化と老化のモデル図

既往の研究において、糖質などの親水性成分に澱粉の老化抑制効果が認められています。配合量が多いほど、老化抑制効果は高まります。しかし、米飯はご飯と水だけでできた極めてシンプルな食品です。そこに、例えば砂糖などを大量に加えると、味に違和感が生まれます。甘みの味質が米飯のそれとは異なるためです。
澱粉はグルコース(ブドウ糖)でできた高分子です。米飯をよく嚙んで食べると、口腔内で分泌される澱粉分解酵素(アミラーゼ)の働きによって、少糖が発生し、甘みを感じることができます。であれば、澱粉由来の糖質であれば、それを高濃度配合したとしても、違和感のある甘みにはならないと考えられます。また、食品開発ではコストも大きな問題となります。類似品の価格を大きく上回るものになってしまっては、米飯を商品として成立させることはできません。私たちの研究グループでは、味、色、コストへの影響を考慮しながら、冷蔵保存可能な米飯や自然解凍可能な冷凍米飯の開発に取り組んでいます。これらの問題をも考慮して、澱粉の老化を抑制するため研究を進めています。研究の詳細は…、また論文が受理されたらアップしたいと思います。ここで得られた知見は、他の澱粉系食品(パン類や麺類)の老化抑制にも適用できそうです。

一日に必要なカルシウムをキャンディーでおいしく補給

マルトビオン酸は蜂蜜から見つかったオリゴ糖酸の一つであり、そのカルシウム塩であるマルトビオン酸Caは、既存のCa素材と比べて、水に対する溶解度が高い、体内でのCa吸収率が高い、呈味性に優れる、といった優位性が確認されています。また、マルトビオン酸は難消化オリゴ糖であり、通常の糖質よりもカロリーが低い、食物繊維と同様に便通改善効果が期待される、などの特徴もあります。現在の日本では、高齢になるほど便秘傾向者が増えることが知られており、骨の健康が気になる世代とも一致することから、一つの素材で2つの健康増進効果をもたらし得るマルトビオン酸Caは、高齢化社会の日本においては重要な素材といえそうです。

私たちの研究グループでは、マルトビオン酸Caを扱う食品材料メーカーと共同研究を実施しており、マルトビオン酸Caの物性解明や食品改質素材としての利用可能性について検討しています。これまでハードキャンディー、蒸しケーキ、卵ゲル、米飯、クッキーなど様々な食品での加工適正について検討してきました。ここではその一例として、マルトビオン酸Ca含有キャンディーについてご紹介します。

ハードキャンディーは水あめと砂糖とを主成分とした伝統的な糖菓であり、市場では様々な製品が販売されています。いずれも主成分が殆ど同じであるため、それらの品質を学術的に扱った報告は殆ど無く、成分を大きく変化させた場合(例えば水あめをマルトビオン酸Caに置き換えた場合)場合の挙動については不明でした。キャンディーの品質低下の一つにナキ(保存過程においてキャンディーが徐々に変形していく現象)があります。この現象は目視によって観察することができますが、数ヶ月以上かけてゆっくりと進行することもあるため、ナキの有無を判定することは困難でした。


マルトビオン酸Caとキャンディーにおける加工適正の検討

先述の固体物性の分類によると、ハードキャンディーはガラス状態にあるといえます。ガラス化していれば変形はしません。キャンディーが変形するのは、ラバー状態だからだと考えられます。そこで本研究ではガラス転移温度(Tg)を品質評価パラメータとして採用することにしました。市販のキャンディーについて幅広く調べた結果、Tgを37ºC以上に設定することが望ましいとの結論に至り、これに基づきマルトビオン酸Ca含有キャンディーの調製条件を決定することができました。キャンディー1個を5gとしたとき、マルトビオン酸Caを20%配合したキャンディーを1日に2個食べれば、日本人に不足しているといわれているCa量を補うことができそうです。キャンディーは保存性、携帯性、嗜好性に優れた食品ですので、日常生活の中で無理なくCa補強が可能になると期待されます。

発表論文

  1. K. Fukami, K. Kawai*, S. Takeuchi S, Y. Harada, & Y. Hagura. Effect of water content on the glass transition temperature of calcium maltobionate and its application to the characterization of non-Arrhenius viscosity behavior. Food Biophys., 11, 410-416 (2016). https://doi.org/10.1007/s11483-016-9455-2
  2. K. Fukami, S. Takeuchi, T. Fukujyu, Y. Hagura, & K. Kawai*. Water sorption, glass transition, and freeze-concentrated glass-like transition properties of calcium maltobionate–maltose mixtures. J. Therm. Anal. Calorim., 135, 2775-2781 (2019). https://doi.org/10.1007/s10973-018-7793-7
  3. K. Kawai*, I. Uneyama, S. Ratanasumawong, Y. Hagura, & K. Fukami. Effect of calcium maltobionate on the glass transition temperature of model and hand-made hard candies. J. Appl. Glycosci., 66, 89-96 (2019). https://doi.org/10.5458/jag.jag.JAG-2019_0005

粉末が固まるのを防ぐ、粉末を自在に固めて新しい食品を造る

食品粉末には非晶質状態のものが多く、温度変化や水分変化によってガラス-ラバー転移します。ガラス状態にある粉末はサラサラとしており、粉末としてのハンドリングに優れます。しかし、温度上昇や吸湿によってガラス-ラバー転移すると、粉末にべたつきが生じた結果、粉末同士が固まってしまい、粉末としてのハンドリングが著しく悪化してしまいます。これは粉末の“固着”と呼ばれる現象で、ガラス-ラバー転移が深く関わっています。

凍結乾燥した果物を粉末化し、食品素材として使う試みがあります。熱風乾燥した果物は粉末になりにくい、色が悪い、香りが無い、などの加工並びに品質上の問題がありましたが、凍結乾燥はそれらの問題を解決してくれます。凍結乾燥果物粉末は色も鮮やかですし、濃縮されている分だけ、味や香りも濃厚です。しかし、凍結乾燥果物粉末は常温で固着しやすいという問題があります。果物にはグルコース、フルクトース、スクロースが豊富に含まれていますが、いずれもガラス転移温度が低い(ラバー状態になり易い)ためです。

私たちの研究グループではマンゴーピューレにマルトデキストリンを加えて凍結乾燥粉末を作ることで、ガラス転移温度が高まった結果、固着耐性が高まることを明らかにしました。マルトデキストリンは澱粉の分解物であり、分解の度合いによって様々な性質に調節することができます。比較的安価で味への影響も少ないため、噴霧乾燥食品粉末の基材にも利用されています。しかし、何をどれだけ加えれば目的の品質に設計できるのかという問いに対して明確な指針が無く、多くは製造者の経験的に委ねられています。このときガラス転移温度を指標にすることで、例えば温度何℃で湿度何%の環境のとき、どういったタイプのマルトデキストリンをどれくらい加えればよいのかが、計算によって求めることが可能になります。与えられた環境に応じて過不足なくマルトデキストリンを利用することで、品質への影響を最小限に抑えつつ、十分な物理的安定性を確保することができるようになるのです。


非晶質粉末の固着のイメージ(左)と凍結乾燥マンゴー粉末の固着挙動(右)
マルトデキストリン(MD)を添加することで粉末の吸湿耐性が高まる。

一方、食品には粉末を圧縮して固めたものもあります。スープキューブやタブレットなどです。粉末を固形化することで、使用量を一定にできる、携帯性に優れる、飛散を抑えられる、表面積が低下するため水分収着や酸化に伴う劣化が抑えられる、独特の食感が生まれる、などの利点がもたらされます。一般に圧縮固体食品は、原料となる各種粉末材料を混合し、圧縮成型して作られます。材料が固まりにくい性質だった場合は、圧縮時の荷重を高めるとともに、圧縮補助剤を加えて固化させます。しかし、圧縮荷重を高めると圧縮機械に負荷がかかりますし、製造コストも増加します。また、圧縮補助剤を使用した場合は品質に影響しますし、副材料の使用を嫌う食品(粉ミルクなど)もあります。

食品粉末の多くは少なくとも部分的には非晶質であって、温度変化や水分変化によって、ガラス-ラバー転移することを先に紹介しました。粉末の圧縮固化をガラス-ラバー転移の概念に基づいて考えてみると、原料粉末を混合する際はハンドリングに優れたガラス状態に、それを圧縮成型する際には結着性に優れたラバー状態に、圧縮成型後は再び物理的に安定なガラス状態に、それぞれ設計することが、理想といえます。このことを踏まえて、私たちの研究グループでは加熱や冷却が可能な圧縮装置をセットアップし、粉末スープのガラス転移温度と加熱圧縮固化との関係を調べました。粉末スープのガラス転移温度は水分含量(水分活性)の増加によって低下します。様々な水分含量(ガラス転移温度)に調節した粉末を様々な温度で加熱圧縮し、得られた固体の破断応力を調べました。


ガラス-ラバー転移を利用した非晶質粉末の加熱圧縮操作と測定装置

下の図は縦軸に加熱圧縮固化したスープ粉末固体の破断応力を、横軸に“圧縮したときの温度と材料のガラス転移温度との温度差”を取っています。横軸の値がマイナスのときはガラス状態で、プラスのときはラバー状態で、それぞれ粉末が圧縮されたことを意味します。この結果より、ガラス状態で圧縮してもほとんど固まらないこと、ラバー状態で圧縮すると、ガラス状態から離れるほど(より液体的になるほど)、硬く固まることなどが分かります。以上、粉末のガラス転移温度を指標として加熱圧縮時の温度を操作することで、圧縮固体の物性を自由に制御できることが明らかになりました。これによって、従来よりも低い荷重で粉末を固められる(効率化)、固めることが困難であった材料を固められる(新規食品開発)、圧縮基材を用いなくても固められる(添加物フリー)、圧縮固体の物性を任意に制御できる(機能性付与)など、様々な可能性が考えられます。


圧縮温度 – ガラス転移温度 (ºC)

圧縮成形はタブレットだけでなく、鋳型を変えることで形状を自由に設計できます。例えばスティック状の鋳型で押し固めると、スティック状の食品ができます。これに、ガラス転移温度を制御した熱圧縮操作を適用すると、これまでになかった新たなスティック状食品を作ることが可能になります。下の写真はそのようにして、通常は固めることが困難な食品粉末を、スティック状に成型したものです。抹茶、きな粉、コーヒー、果物粉末を練りこんだスティックは以前からありましたが、それらはいずれも“つなぎ”となる小麦粉が主成分でした。ここで示すスティックは、どれもその素材のみで作られており、素材が持つ濃厚な味や風味を楽しむことができます。スティックなので、某チョコレート製品と同じように、チョコレートをディップして食べることもできます。カレースティックはおつまみとしてそのまま、ジンジャースティックはミルクティーに(コーヒーにシナモンを添えるのと同じような感覚で)添えると楽しそうです。鋳型は今の時代は3Dプリンターで簡単に作ることができます。自分らデザインしたキャラクターをかたどったコイン型に成型するなど、今後も様々な可能性を追求できそうです。

発表論文

  1. S. Fongin, K. Kawai*, N. Harnkarnsujarit, & Y. Hagura. Effects of water and maltodextrin on the glass transition temperature of freeze-dried mango pulp and an empirical model to predict plasticizing effect of water on dried fruits. J. Food Eng., 210, 91-97 (2017).
    https://doi.org/10.1016/j.jfoodeng.2017.04.025
  2. S. Fongin S, A. E. Alvino Granados, N. Harnkarnsujarit, Y. Hagura, & K. Kawai*. Effects of maltodextrin and pulp on the water sorption, glass transition, and caking properties of freeze-dried mango powder. J. Food Eng., 247, 95-103 (2019).
    https://doi.org/10.1016/j.jfoodeng.2018.11.027
  3. A. E. Alvino Granados, S. Fongin, H. Hagura, & K. Kawai*. Continuously distributed glass transition of maca (Lepidium meyenii Walpers) powder and impact on caking properties. Food Biophys., 14, 437-445 (2019).
    https://doi.org/10.1007/s11483-019-09593-z
  4. A. E. Alvino Granados & K. Kawai*. Browning, starch gelatinization, water sorption, glass transition, and caking properties of freeze-dried maca (Lepidium meyenii Walpers) powders. J. Appl. Glycosci., 67(4), 111-117 (2020).
    https://doi.org/10.5458/jag.jag.JAG-2020_0008
  5. A. E. Alvino Granados, T. Mochizuki, & K. Kawai*: Effect of glass transition temperature range on the caking behavior of freeze-dried carbohydrate blend powders. Food Eng. Rev., 13, 204–214 (2021).
    https://doi.org/10.1007/s12393-020-09226-z

粉末の圧縮固化

  1. T. Mochizuki, T. Sogabe, Y. Hagura, & K. Kawai*. Effect of glass transition on the hardness of a thermally compressed soup solid. J. Food Eng., 247, 38-44 (2019).
    https://doi.org/10.1016/j.jfoodeng.2018.11.019
  2. T. Mochizuki, A. E. Alvino Granados, T. Sogabe, & K. Kawai*. Effects of glass transition, operating process, and crystalline additives on the hardness of thermally compressed maltodextrin. Food Eng. Rev., 13, 215–224 (2021).
    https://doi.org/10.1007/s12393-020-09236-x

ヘーゼルナッツにおける品質の制御と予測

ヘーゼルナッツの食感はロースト条件(加熱操作)によって変化しますが、これを定量的に理解したいという要望があります。一般に、食品の食感はレオメーター測定で得られる破断特性によって特徴付けられますが、ヘーゼルナッツは中心部に様々なサイズの空洞を有しているため、個体差が非常に大きく、定量的評価が困難という問題がありました。本研究では、このような試料に対する測定方法の最適化を検討しています。本研究はスュレイマン・デミレル大学(トルコ共和国)との共同研究です。

ピザ生地の粘弾性制御とクラストの高品質化

ピザの"耳"を含めた土台部分をピザクラストと呼びます。ピザの本場ナポリでは、調理師がややべた付く生地を、打ち粉を用いながら素早く成形し、500℃程度に熱した石窯の中で1分少々焼成しています。一方、日本の外食・食品メーカーでは、工業生産したピザ生地をオーブンで焼成しています。しかし、機械操作では巧みな職人技を再現することが難しく、オーブンは石窯より温度が低いため、焼成には長い時間を要します。この様な相違から、日本で流通するピザは本場ナポリピザの品質に敵わないといわれており、その改善に向けた研究が進められています。工業生産したピザであっても、本場ナポリのレストランで提供されるピザと同等の品質が得られるようにするため、各種成分が生地の粘弾性に及ぼす影響、焼成過程におけるピザクラストの状態変化、ピザクラストの食感への影響について調べています。本研究は国内外食メーカーの依頼によって進めています。

ご案内

この他にも食品の物性解明、品質改良、用途開発などを目的とした様々な研究に取り組んでいます。これらの研究では、他の研究分野では扱われることが少ない特殊な操作や環境が必要とされることがあり、目的に応じて実験系を構築するなど、柔軟な対応や発想が求められます。そこに苦労があると同時に、食品科学分野における研究の醍醐味があると考えています。お困りのことなどございましたらお気軽にご連絡下さい。

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